誤振込事件について思う2022年05月20日

山口県の男性が町からの誤振込金を返還せず、逮捕された事件ですが、刑事事件になると考えるのは疑問です。男性の逮捕容疑は、電子計算機使用詐欺のようですが、同罪が成立するためには、「虚偽の情報若しくは不正な指令を与えて財産権の得喪」したという事実がなければなりません。ところが、男性は単純に、金額と振込先を指定して金銭を送金した(あるいは払戻しを受けた)だけであって、虚偽の情報を告げてはいないようです。また、「これは本当は町に返還しなければならないお金です」と告げないで送金を指示していますが、告げなければならない義務があったのかは疑問です(不作為の詐欺も成立しない)。そもそも振込みの場合に振込み金の入手原因など記載したり情報を告げたりする機会すらないじゃないですか。すなわち男性は単純に振込みを指示したのであって、虚偽の事実を告げたことはないと思われます。次に、「不正な指令」はハッカーなどがコンピュータに忍び込んで不正操作をする場合のことですから、これにも該当しません。だから今回の逮捕は成立しない犯罪について、国民情緒法ともいうべき国民感情で発動されたように思います。
民事事件についても、国民感情に反する結果になります。民法703条は、善意の受益者は現存利益を返還すべしと規定していますところ、男性は何も知らないうちに振込みを受けたのですから「善意の受益者」です。なお、善意・悪意は不当利得返還請求権の発生時(受益時)について判断すべきです。そして賭博に使ってしまって「現存利益」は存在しないのですから民法上、男性には1銭も返還義務がないことになります。これが私の見解であり、なんともやるせない結果ですが、最高裁判決(平成3.11.19)は、誤振込に気が付いた日以降の行動により利益が消失しても現存利益がないと主張できないとして返還義務を肯定していますから、現実には男性の返還義務は全額について肯定されるでしょう。とはいっても男性に差し押さえる財産はないようですので、全額支払えとの判決が出ても回収不能に陥るでしょう。

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